昭和村について

歴史

 昭和村は、縄文初期頃と思われる土器が出土しており、昭和村に人が住み着いたのは、約4千年前とされています。しかし、史実としては、文治5年に源頼朝が平泉の藤原氏を征討したとき、武功のあった山ノ内氏が領地を分け与えられていたことが記され、長享2年(1448年)古文書によれば、村の大半は中津川郷と呼ばれていたと記録されています。

 寛永20年(1643年)保科正之公が会津23万石を領したとき、現南会津郡全部と大沼郡の大部分が会津藩とならず、幕府直轄領南山御蔵入と呼ばれ、会津藩預かりとして統治され、文久2年(1862年)に会津藩に編入されました。

 慶応4年(1868年)会津藩が義に殉じて藩の運命を閉じるまで、会津藩としては5年間ではありましたが、会津戦争最後の戦場になりました。

 変遷の後、明治2年に若松県に属し、同9年に福島県に合し、同12年に高田に郡役所が置かれ、同16年には戸長制度により下中津川に連合戸長役場が置かれて野尻組9か所の事務がとられました。同22年に町村制度施行により、それまで野尻組といわれていた9つの村は、大芦村、野尻村の2村に分かれましたが、昭和2年11月に合併により昭和村が誕生しました。

文化

 昭和村には、600有余年にわたって綿々と受け継がれてきた「からむし」栽培の歴史があります。この「からむし」は、国内最高級の織物といわれる越後上布や小千谷縮布の原料となるもので、昭和村は本州で唯一の栽培地です。その高い栽培技術は国の選定保存技術に選ばれ、また「奥会津昭和からむし織」は国指定の伝統的工芸品に指定されています。

 昭和村内の各集落には、歳ノ神や早乙女踊り、講など数多くの民俗行事、年中行事が継承されています。また、道端にはひっそりとたたずむ道祖神や地蔵などの石仏を数多く見ることもでき、昭和村は貴重な伝統文化や生活文化が息づいています。

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